お久しぶりです。店長Rのロザリンです。
最近、思っていることを、ここに少しメモさせてくださいね。
正直に言うと、ひきこもりの居場所を継続していくことは、神業に近いことだと思っています。
もともと人を避けてきた人。
社会との関わりを避けてきた人。
人との距離を取ることで、自分を守ってきた人。
そんな人たちが、誰かのいる「居場所」にとどまり続けること自体、考えてみればとても大きなことです。
居場所は、人が集まる場所です。
人が集まれば、当然いろいろな出来事があります。
気遣いもあります。
すれ違いもあります。
ぶつかることもあります。
人と向き合うことになるのかもしれないし、
その前に、自分の本心と向き合うことになるのかもしれません。
いずれにしても、ひきこもりの状態にいる人にとっては、それだけでも大変な一歩です。
何か大きく前に進まなくてもいい。
その場にとどまっていること自体が、すでに大きな前進なのだと思います。
「ふらっと」は、それぞれが「いてもよい」と思える居場所です。
そして、ふらっとの強さのひとつは、
自分が本当に思っていることを、ここでは話せることだと思っています。
普段は言えないこと。
うまく言葉にできないこと。
誰かに否定されそうで飲み込んでしまうこと。
自分でもまだ整理できていない気持ち。
そういうものも、ここでは無理にきれいにまとめなくていい。
正しいことを言おうとしなくていい。
前向きでなくてもいい。
ネガティブでも、迷っていても、揺れていてもいい。
そのときの自分が本当に思っていることを、自分の言葉で話せること。
そして、それを誰かがすぐに正そうとするのではなく、いったん受け止めてくれること。
そこに、ふらっとらしさがあると思っています。
みんなが同じ考えになる必要はありません。
感じ方も、考え方も、人それぞれです。
誰かの言葉や姿が、自分にとっての鏡になることもあります。
人と関わるなかで、自分が何を感じているのか、何を大切にしたいのかを、もう一度考え直すこともあります。
「ふらっと」という名前のとおり、
ふらっと寄って、
ふらっと誰かと話して、
ときにはぶつかって、
ふらっと離れて、
また戻ってくる。
家のように感じる人もいれば、
羽を休める止まり木のように感じる人もいます。
話してもいい。
話さなくてもいい。
関わってもいい。
少し距離を取ってもいい。
人と人が関わる場所である以上、
傷つくことも、誰かを傷つけてしまうこともあります。
それでも、一度のすれ違いや衝突ですべてが終わるわけではありません。
少し離れてもいい。
黙っていてもいい。
関係をつくり直してもいい。
そのまま距離を取っていてもいい。
大切なのは、誰かを悪意で攻撃しないこと。
そして、自分自身も必要以上に責め続けないことです。
そのときの事情や余裕、言葉を受け取るタイミングが少し違うだけで、結果が変わることもあります。
本当に思っていることを話せること。
違う考えを持ったままでも、同じ場所にいられること。
ぶつかってもいられること。
離れても戻れること。
「ふらっと」は、そんな居場所でありたいと思っています。